なんで緑町?


先日の、明治初期の頃の総武線予定路線図で、
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始発駅の候補地が、「緑町駅」なのを考察。

まず、現在の駅の配置
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両国と錦糸町で、見慣れた地図ですね。

昭和30年の地図では
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両国駅北側には、堀があるようです。

東京卸売市場のページから
 1935(昭和10)年に両国にて業務を開始
 1962(昭和37)年には江東市場に改称し葛飾・小岩・小松川の3分場も管轄
 1984(昭和59)年5月葛西へ統合

ということなので、この時点では、やっちゃばのはずです。

子供の頃、自転車で入り込んで、ニンジン踏んで、コケたりしてました(^^;
正面入口から入ると、大きな屋根があったのは、覚えているんだけど
掘割が、あったという記憶が、まったくない・・・

遡って、明治36年の地図では
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両国駅北側の掘割も大きく、「陸軍省用地」と、書かれている。

これだっ!

被服廠が、あったと聞いているので、部材の搬入や、完成品の配送を考え
線路を引き込み、物流拠点として、駅を設置したのでしょう。

すでに掘割があったということは、それなりの物資の動きがあっただろうし、
荷捌きや、保管にスペースが必要なはず・・・
さらに付近には、たくさんの人々が、暮らしていたと思われるので
用地買収や、線路の延長(隅田川を渡る)方向を考えて、緑町での
駅設置を、考えていたのでは、ないでしょうか・・・
現在でも、緑・亀沢(現線路の両側)には、テニスコートや、
公園、図書館といった宅地でないものが、存在しています。

その辺の解決を待つ間に、錦糸町までが、先に開通したのではと考えます。

総武線が、隅田川を越えたのは、いつなんだろ・・・

もう寝よう・・・

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