2019-08-25銚子

遅めの出発で ご飯間に合わないかなぁ?
と思ったら道路が快適走行で13:30着
お客さんが2組いて なんとか入り込む

だが・・ イワシがないとのこと(; ;)

アジでしたが おいしい刺身です

前回 イワシ刺だめでフライにしたら
汗がベラボーに噴出・・・
つみれ汁もあったからねぇ・・・(^^;

念のためタオル持参したけど 無事〇

さて 今回はあまり時間がないので
電車は乗りません・・・

外川をゆっくり歩こうと思います
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この角度だと 船から撮ってるみたい
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倉庫の長屋
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こういうときは 16:9ってイイね

東側からの風なら外川の港は静かなもんです
水面に映りこむ船名もクッキリです
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港へ流れ込む水が一番ウルサイ(^^;
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微妙な時間をどうするかな・・
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外川の雰囲気を確認しますか

外川は 坂道と階段の街です
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ゼロメートル地帯育ちの自分にとって
外川は 上野の山や王子の飛鳥山より
洗練された市街地に思えます!

大杉神社 左が神社で右が海です
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この感じなら あぁ坂ね・・でしょう

でも 街全体が 坂なんですね
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家の南側と北側では 違う景色
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徳川家康が江戸に入ったとき
原住民が追い出された先は
渋谷や荻窪などの谷間でした
でも街はしばらく出来ない・・
大雨のたびに流されるから

一方 外川は山の斜面に街を創る
という画期的な工事だったのです!

”とがわ” と ”とくがわ”

外川は硬い岩盤を段々畑みたいに
整地しなくてはいけません

徳川は大量の人間を住まわせて
奴隷のように管理できなければ
自分の首がアブナイ

どちらも大変な労力だったでしょう
気苦労については 徳川の勝ち
気苦労だけね

その土地の生まれ方というか
希望をもって住み着く場所
っていえば伝わりやすいか
他国の「幸福度」みたいな

経済とか統治とかでなくて
住むための場所づくりが
外川の街には溢れています

長崎の原風景も実は下町寄り
ぜひとも銚電の終点で降り
外川・長崎の風景を見て
自分を振り返ってみては
いかがでしょうか?
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